出口のないトンネル

休日、
重い一日がスタートする
何かを・・・
誰かの為に・・・
しなければならなかった頃が懐かしく思える
「あーぁ 残酷だなー」
失ってから平凡な日々の大切さが身にしみる
大好きなテレビ番組、隣で騒ぐ元嫁、大切なところを聞き逃しイラッ
残業が続き、疲れきった体で迎えた休日を奪う買い物の運転手
僕の洋服は何着もあるわけじゃないが、元嫁の洋服は捨てるほどある
今考えれば些細なことに過ぎないと思える
休日の朝、一杯のコーヒーをいれて
涙が頬をつたった
始めの一歩
「あーー たまにはお肉がっつりいきたいなぁー」
そう思って週末晩、焼き肉屋の店先まで行ったものの、結局暖簾をくぐれずに引き返してきたことがあります。
生活がガラリと変わり限られた所得の中、財布の中身を気にしなくてはいけません。
それ以上に「一人で外食(焼き肉)をする」ことが、他人にどんな風にみられているんだろうとなんとなく恥ずかしく、怖かったんです。
皆さんもそうじゃないですか?
当時は自炊なんてしたこともなく、得意料理があるわけでもなし。何を食べていたかも思い出せないくらい食事には無頓着だった。
そりゃそうだよ
元奥さんまかせっきりで毎日食事の世話をして貰っていたんだから・・
それはさておき、肉を食べたい衝動ってかなりしつこい、いつまでも「あー食べたいが」続く。
溜まりかねて、近所のスーパーで少しだけいいお肉を買ってきた。
焼肉屋に一人で行く勇気はまだないけれど、スーパーは緊張したけど行けた。(笑)
フライパンに油をしいて強火でガンガン焼いた
自分の家なら、誰の目も気にせず贅沢ができる。

味付けはシンプルに塩コショウだけ、不格好だし、付け合わせもないけど、自分で焼いたお肉を一口食べたとき、震えるぐらい旨かった。
「至福の時とはこういうものだろう」
満足感マックスでほんとに小さな自信がついた気がした。
奥さん用意してもらう食事が当たり前だったが、自分のために、自分の手で用意する食事がこんなにもおいしいものかと痛感した。
失ってしまった物をなげくばかりの時間から、 それは、僕が少しずつ「自分の人生」を取り戻し始めた、きっかけだったのかもしれない
フライパンひとつあれば、家でもステーキは焼ける自分好みにだ
パソコンひとつあれば、こうして新しい世界へ向けて発信ができる。
たいした料理を作ったわけでもないのに変な高揚感に包まれた。よし次回は今日より少しだけ、美味しいものが作れる自分でありたい。 そんな風に思いながら、食べたいものがつぎつぎと頭の中を駆け回った
『料理たのしいかも・・・』
とか思っちゃった (笑)
そして最後の一口を噛みしめ新しい一歩が踏み出せた気がした


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